神輿は勝手に動けない。ケツを触れるのはたくさんの人が支えてくれるから。
サブスタでSNSの捉え方が変わった話。
毎度!お騒がせしております。
わたくし、もちスラと、あい、発します。
ご初見さんは、以後
お見シリおきくださいますよう、
よろしくお頼み申し上げます(べべん!)
と、
長ったらしい挨拶はこの辺にして、
最近、ふと思ったこと
そして、コメントでいただいた
話をしていきます😄
みなさん、お祭りはすきですか?
わしは、大好き!ってほどではないですが
長崎に父親の実家があり、
長崎市の「戸町」と言うところに
じいさんちがありました。
うちのじいさんは、
元来、コワモテのくせに
「世話好きじいさん」で、
じいさんちの、目の前にある
託児所の先生たちから慕われたり、
町内会の会長を病気になるまでずっとやってたり
警察から賞状をもらうほど、何かに貢献するのが
趣味みたいな人だった。
長崎といえば、
祭りが非常に多く
特に有名なのは
「長崎くんち」
いいですか?
長崎くんのお家という意味ではありません。
「くんち」の由来
「くんち(宮日・九日)」は、九州北部で秋祭りに対する呼び名です。一般的に、旧暦の9月9日(重陽の節句)を祝う中国の風習が伝わり、9日(くにち)がなまって「くんち」と呼ばれるようになったのが由来とされています。
ちなみに、
わたしも、さっき調べて↑を知りましたが
この祭りは、長崎市の町内(浜んまちを中心に)
7年に一回
担当が決まりそれぞれの町内特有の
「出し物」をするという
400年くらい続く、伝統的なお祭り。
そんな伝統的な祭りがあるなか、
実は、ひっそりと続いている
お祭りがある。
それが
「戸町くんち」
この祭りも、地元ではかなり盛り上がり、
本当に素晴らしい祭りで、
いまだに、わたしの友人は
祭りの舞台にあがり、日舞を披露している。
その「戸町くんち」は
実は、廃れたお祭りだったんだけど
うちのじいさんが
戸町3丁目の町内会長を
している時に、
青年団の人たちを巻き込み
増やして
祭りを復興させ、
それ以来そろそろ30-40年くらいは
続いているらしい。
(じいさんだけが発端ではないが)
そして
くんちに欠かせないのは
「神輿」
くんちの始まりは、
若い衆が
神社に奉納されている「神輿」を
祭りの舞台になる神社に運び直し
そこを中心に祭りの出し物が
町中を練り歩くんだけど
「庭先周り」という
3つの神輿が、民家を周り
神輿の下をくぐれば御利益がある。
として、
町内の人たちは、
その神輿を拝みに外に出てくる。
わたしが、長崎の病院で働いている頃、
ちょうどくんちの時期になり、
わたしが担当していた患者様も
もう、少年のように楽しみにしていた。
しかし、彼は
「わたし、どうせ、車椅子だから
神輿の下はくぐれないから、今年はもう、ご利益はないかも」
と、ちょっと冗談半分、
でも明らかに悲しそうな表情をしていた。
そして、庭先周り当日、
その日は、そとに出られる患者様
全員、外の広場に行き
神輿を首を長くしてまち、
先頭をあるく、子供たちの晴れ姿に
萌きゅんしていた。
そして、
堂々たる姿の
3つの神輿がやってくる。
患者さんたち、
長崎の地元民
全員が、わーっと拍手をしたり
「もってこーい!」という、
長崎くんち、お決まりの掛け声を投げる。
そして、病院の目の前に
神輿がおかれ、
「ささ、こちらのお神輿の下をくぐりたい方
ぜひ!」
と案内が始まり潜れる人はみんなぐぐり、
病気は嫌だけど、
ここに入院してよかった!などの
歓喜の声が上がる。
一方
車椅子の患者様や
杖歩行の患者様は
よかったねー!とはいうものの、
羨ましいと言ったり
わたしは、中でみるだけでいいと
冷めた空気を発していた。
そして、神輿の滞在時間が過ぎようとした
その時
先頭にいた、リーダーみたいな人が
威勢のいい声をあげたかと思ったら
その置かれた神輿を
若衆が高く高く持ち上げたのだ。
何が起こったか、みんなわからなかったが
リーダーの人が、
「さあ!みなさん!車椅子の人も
どうぞ、神輿の下をおくぐりください!」
と、大声で言い放ったのだ。
それには、
地元の人たちもびっくりしていて
一番喜んだのはもちろん、
患者様たち。
ある人は泣き崩れ
ある人は、リーダーに熱い握手をし
ある人は、歩いて通りたいから
手を貸してくれと
いつも、通勤していた
ただの道が、感動の渦で埋め尽くされ
神輿はいつも以上に神々しく輝いていた。
最近、サブスタで
少しばかり目立つようになり
みなさんのお蔭様もあり
わたしの周りが
お祭り騒ぎのような熱気を発して、
画面越しでも、熱が伝わる
(スマホの見過ぎかもしれないがW)
もちスラがすごいんだ
もちスラをもっと目立たせたいんだ
もちスラを知ってくれ
そうやって、熱量高く
布教してくださる方をみて
その神輿を天高くあげてくれた
若衆たちの凄さを思い出した。
目立っている人は
誰かがいなければ目立っていなかった。
神輿だって担いでくれる人がいるから
ご利益を民衆に与えることができる
担ぎ手がいなければ、祭りは成立しない。
じいちゃんが、青年団に声をかけなかったら
祭りが開かれることはなかった。
誰かが
小さなきっかけを作り
そこに少しずつ人が集まり
熱量があつまり
それを自分たちだけのものではなく
一緒に参加してくださる皆々様に
お裾分けできるくらいの溢れる情熱が
あってこそ、
祭りが盛り上がり、
神輿は神々しく輝けるのだろう。
わたしがケツを振り続けられるのは
みんなの支えがあるからこそだよね✨✨
それを改めて感じさせる「サブスタ」




つまり、下のみんなが振ると、、、!
長崎くんちで椅子から転げ落ちそうになったw
長崎くんのおうちじゃないよねwわかる!