ばぁちゃん。
私を甘やかしてくれた 1人目
毎度お騒がせしております。
ケツ印一家の大親分。
もちスラでございます。
今日は「ケツの話」を置いておいて
1つわたしのアイデンティティを作った
存在について、書いておこうかなあと。
この人について、書きたいと思い、
スマホをぽちぽちしています。
それは
『ばぁちゃん』
まあ、わたしは、
無類のばあちゃんっ子で、
ばあちゃんの家に行くのが楽しみだった。
母方のばあちゃんで
名前は「あやこ」
神社の家の次女として生まれ
戦時中に姉を亡くし、
父親も早く亡くし
末の弟を育児しながら
神社の世話をやいていた
美少女。
笑顔が可愛く、人情に熱く、真面目。
ばあちゃんの弟は、「神童」と呼ばれるほどに
頭がよく、亡くなった姉は「こまち」呼ばれるほどに美しく
と、兄弟についての自慢話をいつもするが
自分のことを自慢げに語ることは1度もなかった。
唯一の自慢は、
ばあちゃんの家系が
優秀だという話だった。
しかし、うちのばあちゃんは、
すごいのだ。
尋常じゃないくらい、じいちゃんと喧嘩していたのに、じいちゃんが亡くなった時には
ボロボロと涙を流した。認知症で自分の心臓も限界だったのに。
わたしが、幼少期の頃は団地に住んでいて
今では想像できないくらい病弱で
母も、父も、学校の先生をしていたから
看病できる時間は限られており、
代わりに、団地の近く家があった
母方のばあちゃん家に預けられていた。
なので、ほとんど、第二の実家のようなもの。
そして、ばあちゃんの家に行けば
いつも、冷凍庫にはアイス。
戸棚には「ぼく」が大好きなおやつたち。
そして、怪我をすると
練ってくれる魔法の軟膏。
その軟膏は、
ぼくが、爪を噛む癖があり
ひどい時には逆剥けから
化膿していたのだが
その軟膏を塗ってもらうと
痛みもなくなり、夕方には治る。
そんな、魔法の薬だった。
ばあちゃんはとにかく、
ぼくに優しく、ほとんど叱られたことがない。
みんなで、旅行に行けば
叔父が写真を撮るのだが
必ず2人で写真を撮ってもらい
ぼくが変顔をしているのをみた
ばあちゃんの笑う顔が好きで
今度はどんな顔で、笑わせようか
そんなことばかりを考えていた。
少しだけ後悔していることがある。
ミニバスに応援に来てくれた時に
いつも通り、ぼくの好物のお菓子を差しいれ
してくれるのだが、
ハイカラなお菓子ではなく、
それを見た、チームメイトに腹をかいてしまい、
そのイライラをばあちゃんのせいだ!と
言ってしまったことがあった。
ばあちゃん本当にごめんなさい。
本当はめちゃくちゃ嬉しかったんだよ。
そう言いたいけど、もうばあちゃんはいない。
ばあちゃんは、
90歳を迎える誕生日の前に亡くなった。
母が懸命に介護をしていたが
認知症の症状の悪化と
肺に水が溜まってしまい
しばらく苦しい呼吸を耐えながら
静かに息を引き取った。
母は、末っ子で
兄弟の中でも本当に1番
ばあちゃんの介護をしていた。
元気だった時も頻繁にばあちゃんの家に行ったし
病気になってからはほぼ毎日。
そのエピソードはまた今度話す。
そして、ばあちゃんが息を引き取ったあと
遺品を整理していると
日記が出てきた。
ばあちゃんは、文才で、
戦争体験などのコラムをかけば
朝日新聞などに載せてもらえるほど
文章を書くのがうまかった。
その出てきた日記には
ぼくのことが書いてある。
生まれたその日からのことを
走馬灯のように思い出しながら書いたのだろう。
その中に特に印象深い場所がある。
ある時、お昼のから起きたやっちゃんは
いつもならばあちゃんと声をかけにくるが
お昼寝をしていた場所にいなかった。しまった!と思ったのも束の間、
その当時、家の改築工事にきていた、大工のおじさんに抱かれてスヤスヤと眠っていたのだ。
やっちゃんが大きくなってから言っていた、
「ぼくは誰かがいてくれたらそれでいいんだ」
という言葉を聞いて、ハッと思い出した。
と綴られていた。
実際の日記とは少し違うが
わたしのアイデンティティの一部を
この日記は語っている。
わたしは、本来は
友達を作るのが大好き。
幼少期の頃にやっていた、おちゃらけた行動も
小学3年生くらいの時から
上手くできなくなり
友達からは
きもいだの、くさいだの
なんでそんなことを言われなければならないのか
全く理解ができなかったが
好きだった友達とも仲が悪くなり
学校も楽しくなくなり
唯一バスケをしている時と
ばあちゃんの家に行ってる時だけが
楽しい時間だったような気がする。
社会人になってからも
愛からわらず人間関係で苦労し、
なかなか、立派な人間にもなれず
見た目ばかりが派手な時計を身につけるくらいしか、自分をよく見せる方法がなかった。
そんな、愚かなわたしを見てもばあちゃんは、
「やっちゃんは、立派だ」と
ずっと褒めてくれていた。
認知症になって、相貌失認(誰の顔かわからなくなる症状)まで出てきて
いとこや自分の息子まで、顔を忘れていたが
唯一、
母とわたしの顔は忘れなかった。
わたしの場合、幼少期の頃と
顔がまるで変わっていないというのが
1番の要因だろう(爆笑)
最近ふと、ばあちゃんを思い出す。
サブスタに来てから、また思い出した。
なんか人の縁が
広がるタイミングで
ばあちゃんのことを思い出すことがある。
本当は人懐っこい性格の「ぼく」
誰かから頼まれれば、
自分が苦しくてもやる
そんな性格は
「誰かがいてくれたらそれでいい」という
その言葉そのものがかたっている。
だけどここ最近では
友情や仲間をネタにした、
フロントビジネスが横行し、
何かメリットがないと友達になれない時代。
そんな時代に友達なんかいらねえよと
今までツッパリ、縁を作らずに
いた。
しかし、
なぜだろ。
このタイミングで
サブスタに入ったタイミングで
ただ、最新のSNSをやりたい
という、ただそれだけの理由だったのに
ケツという話題から
毎日3時間以上話す友達ができ
一緒にゲラゲラ笑うような仲間ができ
もちスラのためなら、全力で支援するよという
頼もしい味方までできた。
ばあちゃんが今
ほら!自分をしっかり出して
怖がらずにしっかり動きなさい!
やっちゃんは立派なんだから
頑張りなさい
そんな声を届けてくれている気すらしている。
それくらい、
今のメンバーは、
いつもより
ほんのちょっぴりかもしれないけど
本当の体温を感じさせてくれる。
ばあちゃんが言ってくれてた
立派な自分に少しでも近づけるような
そんな気がしている。
いつも、くだらない話を聞いてくれて
ありがとう。
わたしにできることがあれば
なんでも言ってください。
みんなで楽しく!
しっかり稼いで!
いつか、BBQしてーーー!
もちスラ。




もちスラさん...( ; ; )✨
もちスラさんに出会えて、ケツ一家に入らせてもらって(勝手に入ってると思ってますw)私は今までのSNSとは違う温かい空間で楽しむことができています🙏
何か悲しいことがあっても、ストレスで泣きそうでも、夜になったら絶対ケツさんたちが配信してくれてて、お邪魔したらみんな「はむだ!」って声をかけてくれる。
もう完全に私の人生のルーティンになっていて、久しぶりに青春を味わっている気がしてます!
ありがとうございます!!!✨✨
ケツさん、おばあちゃん子だったのね😊
ケツさんの優しさの原点を見せてもらえた気がしました。
周りを温かくしてくれて、笑いもさらりと提供してくれて、仲間を想うケツさん。会えてよかったよ😘ブッチュゥ、熟したキス💋を贈るわ♥️