主観を常識と勘違いしない。発信の「分母」を広げる恐怖について
影響力がつけばつくほど、怖くなる話。
毎度お騒がせしております!
もちスラです。
今回は自戒を込めたタイトルになりました。
発信者として、影響力をつけたいと
そう思う人にこそ、読んでほしい
内容です。
SNSやブログで発信を続けていると、
ありがたいことに少しずつ
自分の言葉が届く範囲が
広がっていくことがあります。
でも、届く人が増えれば増えるほど、
わたしは言葉の扱い方に
ものすごく慎重に
ならなければいけないと感じています。
なぜなら、
発信する時の
「分母」を
勘違いしてしまうと、誰かの人生を狂わせてしまうほどの致命傷になりかねないからです。
特にとんでも医療や、
根拠のない陰謀論などはその最たる例です。
根拠なき「個人の体験談」が常識にすり替わる怖さ
今の時代、エビデンスが軽視され、
たった1人の体験談(N1の情報)が
あたかも世の中の当たり前で
あるかのように語られるケースを
よく目にします。
それは決して、
自分でしっかりと調べ上げた
一次情報ではありません。
ただの「自分の体験談」や「個人の感想」です。
それなのに、
発信者に少しでも影響力がついてしまうと、受け手はそれを
「正しい情報」として
受け取ってしまいます。
再現性が自分にしかないような
特殊な例であっても、
真似してしまう人が出てくるのです。
突き放す発信者と、盲信する受信者
では、その発信を真似した人が、
結果として大失敗したり
事故に遭ったりした場合、
どうなるでしょうか。
残念ながら、
多くの発信者はこう言います。
「それを選んで失敗したのはあなたなんだから、自己責任だよ」と。
突き放すのは簡単です。
でも、
もしそう言うつもりなのであれば、
最初からこう言っておくべきではないでしょうか。
「これはわたしが体験した、ごく一部の例外的な例でしかありません。これで何かトラブルが起きても、一切の責任は取れません」と。
影響力がつけばつくほど、
発信する内容の軽さは、
誰かにとっての凶器になります。
死ぬほどリサーチを重ねて、届ける情報が
誰かの人生を豊かにすることもあれば、
反対にどん底に突き落としてしまうこともある。
その重みを、
発信する側は絶対に忘れてはいけないと思うのです。
自分の感想を「みんなの当たり前」にしないために
「自分さえ良ければそれでいい」
と思っている発信者は、
そう多くはないはずです。
みんな、
誰かのためを思って
発信しているのだと信じたい。
だからこそ、
無意識のうちに勝手に分母を広げてしまう怖さを知らなければいけません。
自分の小さな主観や感想を、
まるで世界全体の当たり前であるかのように語らないこと。
言葉を扱う人間として、
常に
自分の発信の分母が
どこにあるのかを、厳しく見つめ直していきたいですね。
集客のための「強い言葉」が歪めたもの
最後に。
これは決して、誰か特定の個人を攻撃するために書いているわけではありません。
もしこの記事を読んで、胸にぐさっと突き刺さるものがあった方は、どうか一度、
自分の発信を見つめ直してみてほしいのです。
今の世の中は、
あまりにも誤情報で溢れかえっています。
なぜそうなってしまったのかといえば、
強い言葉や、
誰かにとって都合のいいワードを並べて、
ただひたすらに
集客を繰り返す人が
増えてしまったからです。
その歪んだ情報の波を
作ってしまったのは、
システムでもAIでもなく、
まぎれもない「人」です。
影響力を持つことの意味や、
自分の言葉が持つ責任を学ぼうともせず、
ただ認知を広げるためだけに発信を続けてしまうのは、
発信者としてあまりにも
無責任ではないかと、
わたしは感じてしまいます。
これは、
他人に向けただけの言葉ではありません。
自戒を込めて、
わたし自身も
常に厳しく意識していきたい部分です。
勝手に分母を広げず、
自分の言葉が
誰のどんな未来につながるのかを。
これからも、
誠実に言葉を紡いでいきたい、
と心がけています。




ドキッとしちゃいました。
わたし自身影響力なんてないと思ってますが、それに関係なく言葉への責任を持ち続けたいです…!
もちスラさん、気づきをありがとうです🙏