親愛なる「もちスラ真理教徒」の諸君、おはケツ!
最近、Substackの番付で8位に入った。
でも、正直に言うと、
「攻略したぞーーー!!」
みたいな感覚は、まったくない。
むしろ、
「あれ……これ、推し活してたらこうなっただけでは?」
という感じがかなり強い。
今日は、
そんな話をしたい。
わたしは、フォロワーを増やそうとしていない
もちろん、
増えたら嬉しい。
でも、
最初から
「どうやったらフォロワーが増えるのか?」
を考えていたわけではない。
むしろ最近は、
「この人、おもろいな」
と思った人の記事を読みに行って、
コメントして、
リスタックして、
勝手に盛り上がっている。
たぶん、
普通に推し活をしている。
Substackって、推し活とめちゃくちゃ相性がいい
これ、最近かなり思う。
たとえば、
「あの人の記事めっちゃ好きなんですよ」
って言うと、
「え、誰ですか?」
ってなる。
すると、
見に行く人が出てくる。
その人の記事を読んで、
「あ、わたしも好きかも」
ってなる。
そこからまた、
コメント欄で会話が始まる。
これって、
昔のSNSみたいな
「影響力を奪い合う感じ」
より、
「好きなものを持ち寄る感じ」
に近い。
Substackは「村」っぽい
わたしは最近、
Substackって、
巨大都市というより、
「小さい村がいっぱいある場所」
みたいだなと思っている。
村ごとに空気が違う。
好きな話題も違う。
ノリも違う。
でも、
誰かの村に遊びに行くと、
「え、この人もいるの!?」
みたいな発見がある。
しかも、
その紹介のされ方が、
アルゴリズムではなく、
口コミに近い。
フォローフォローバックより、「推し」が強い
もちろん、
フォロー文化を否定したいわけではない。
でも、
「とにかく増やす」
だけだと、
ちょっと疲れてしまう。
Substackって、
フォローが増えすぎると、
タイムラインも結構にぎやかになる。
だから最近のわたしは、
絡んでくれた人、
コメントをくれた人、
記事をちゃんと読んでくれた人。
そういう人たちを、
自然にフォローするようになった。
だってその人たち、
口コミを書いてくれてるようなものだから。
推しを語ると、文章力が育つ
これ、
めちゃくちゃ大事だと思う。
自分のことを書くのって、難しい。
でも、
「なんでこの人が好きなのか?」
を書くのも、かなり難しい。
だから推し活って、
実はめちゃくちゃ文章の練習になる。
どこが好きなのか
どんな空気があるのか
なぜ気になるのか
なぜ読んでしまうのか
これを言語化し始めると、
観察力が上がる。
人を見る力がつく。
わたしは、なぜ「ケツ」を書いているのか
さて。
ここで、
問題の「ケツ」である。
最近、
わたしは、
やたらケツの話を書いている。
当然、
「なにを言ってるんだこいつは」
と思う人もいる。
でも、
わたしは割と本気で、
「ケツには安心感がある」と思っている
クレヨンしんちゃんもそうだし、
動物のおしりもそうだし、
赤ちゃんのおしりもそう。
なんか、
ちょっと力が抜ける。
かわいい。安心する。
だから、
わたしはケツを書いている。
すると、「わかる」
と言ってくれる人と、
「なにを言ってるんだ」
と言う人に分かれる。
でも、
それでいいと思っている。
だって、
合う合わないがあるのが、
人間だから。
今は「攻略」より、「偏愛」が強い気がする
もう今、
SNS攻略記事も、
AI攻略記事も、
Substack攻略記事も、
山ほどある。
もちろん、
それを求めている人もいる。
でも、
わたしは最近、
「この人、なんか好きなんだよな」
の方が、
強い気がしている。
偏愛。
熱量。
好き。
そういうものの方が、
結果的に人を動かしている感じがある。
だから、推し活をやれ!
もし、
「何を書けばいいかわからない」
と思っているなら、
まずは、
推しについて書いてみるといい。
好きな記事。
好きな人。
好きな空気。
好きな言葉。
なんでもいい。
文章が上手じゃなくてもいい。
短くてもいい。
でも、
自分の「好き」を、
ちゃんと外に出してみる。
すると、
同じように好きな人が、
たぶん寄ってくる。
Substackって、
そういう場所な気がしている。
最後に
SNSって、
Social Network Service。
つまり、
人と人をつなぐサービス。
だから本来、
「数字を奪い合う場所」じゃなくて、
「好きなものを持ち寄る場所」
なんじゃないかと思う。
だから今日の結論。
ケツ論!
推し活をやれ!
たぶん、
Substackは、
そのくらいでちょうどいい。




最近サブスタックは村なんだって認識し出した森の住人です🐹🌳笑
推し活かあああ!!!
Substackは
推し活文化あるのか🔥🔥
面白い!😂😂🔥