昔、stand.fmで深夜の作業配信をしていた。
二十三時から一時までの枠で、やることはただ自分の作業をするだけだ。
話す内容は決めていない。
手を動かしているあいだは、
当然ちょっと無言になるじかんがある。
その無言を埋めなかったおかげで、思いがけないことを言われた。
タイピングの音がいい。
ペンを走らせる音がいい。
生活音を聞きながら寝落ちしています。
という人が何人もいた。
届いていたのは、話の中身ではなかった。
この人はいま本当にそこにいて、本当に手を動かしている。その事実だけが残っていた。
編集された音声には入らないもので、しかも偽装ができない。
作業をしていない人間から、
作業の音は出ないからだ。
寝落ちされたことも、あとから考えるとかなりの評価だった。
人は、警戒している相手の前では眠れない。
滞在時間も反応も取れないので、攻略法の世界では失敗に分類される出来事だと思う。
それでもわたしは、
あれ以上の返事をもらったことがない。
だから今も、話す内容を決めない場所ばかり作っている。
テーマを決めて話すと、その人のそのテーマの部分しか見えない。
AIの話をします、と言えば、
AIの話ができる人かどうかは分かる。
それ以上は何も分からない。
用意された問いには、
用意された答えしか返ってこない。
知りたいのはそこではない。
何をしてもいい場所に来て、
何をしていいか分からないときに、
その人が最初に何と言うか。
黙るのか、
とりあえず挨拶をするのか、
いきなり本題から入るのか。
人に聞くのか、自分で決めるのか。
第一声には、
テーマのある場では出てこないものが乗る。
昔の仕事の癖だと思う。
作業療法士をしていたころ、
課題を指定して「これをやってください」と言えば、その課題ができるかどうかしか分からなかった。
何もない部屋に通して、
最初にどう動くかを見たほうが、
よほどその人のことが分かる。
手順を先に渡すのは、親切なようでいて、
その人を消す行為でもあった。
だから場所を作るときは、機能を足さない。
用途を書いた張り紙が一枚あるだけで、
第一声はそれに引っ張られる。
空欄のまま渡す。
意味の分からないタイトルは、
意味がないのではない。
意味を書く場所を空けてある。
無言でいることすら、あっていい。
誰も何も言わないまま終わる日があってもいい。沈黙を埋めるために議題を用意した瞬間、
その場所は元のかたちに戻る。
喋らなければいけない場所は、
もう空欄ではない。
そして、黙っていてもいい場所で
人がやっと口を開いたとき、
その一言はいちばん正直なものになる。
喋らされたのではなく、
喋りたくなったから出てきたものだからだ。
こういう作り方は、集客としては弱い。
テーマ目当ての人は来ない。
検索からも流れてこない。
何を書くかを名乗らないので、そもそも探されない。それでも、来た人のことは分かる。
何人来たかではなく、誰が来たかが残る。
だからSubstackがちょうどいい。
何について書くかを名乗らなくても成立する。テーマではなく人に読者がつく。
届く相手が最初から決まっているぶん、
見つけてもらうための作法を、
場所の内側にまで持ち込まなくて済む。
空欄を渡して待つ場所として、
今のところ、いちばん都合がいい。
わたしの記事のスタイルが
とっ散らかっているのも
実は、そう言うことかもしれません。
ケツ論。
肩肘張らず、みんなでだらだら喋ろうね😁
ほぼ毎晩 22時から待ってるよ。
テーマを決めずにね✨✨




I really liked the idea that leaving a space blank can reveal more than filling it with instructions. Sometimes the first thing someone chooses to do, or even the fact that they stay quiet, tells you more than a prepared response ever could.
いつも寝落ちしてるのはわたしもです😊