夜中の二時に、机の上の付箋を数えたら七枚あった。全部わたしが書いたもので、全部が途中で終わっている。「これ、順番」「先に確認」「たぶん違う」。
日付は入っていない。いつ貼ったのかも思い出せない。
一枚剥がして捨てた。捨てるとき、何が書いてあるか読み返さなかった。
読み返したら捨てられないのが分かっていたので、裏返してごみ箱に落とした。
残りの六枚はそのままにして、寝た。
三年前の下書きも、同じところで止まっていた
その少し前に、AIを使っていると人は考えなくなる、という話を読んだ。研究の名前も細かい数字も覚えていないのだけれど、読んだあと二日くらい、書きかけのものに手をつけられなくなった。
自分で組み立てる前に聞いてしまう。聞いた答えで済ませてしまう。そうやって、使う筋肉が落ちていく。書いてあることは分かるし、思い当たるところもあった。
それで、下書きのフォルダを開いた。落ちた分を確かめようと思ったのだと思う。
上から順に見ていったら、三年前の下書きが出てきた。AIを日常的に使いはじめるずっと前のものだ。開いてみたら、途中で止まっていた。止まっている場所も、いまのわたしと同じだった。序盤の説明を三回書き直して、本題に入るところで終わっている。
その下は四年前で、これも同じだった。
つまり、落ちたのではなかった。もともとその高さだった。
考えていたつもりの時間を、あとから並べてみると、たいていは「まだ始めない理由」を探していた時間だった。始めてしまうと分かってしまうことがあって、分かってしまうと直さないといけなくて、直すのは面倒で、だから考えているふりの姿勢のまま座っていた。
いま怖いのは、思考力が落ちることではなくて、たぶん、何がなくなるのかが分からないことのほうだ。分からないものに向かって身構えるとき、人は考えている顔になる。顔だけが考えている。足は止まっている。
傘を持つかで五分迷った
翌日の朝、玄関で傘を持つかどうか五分迷った。予報は四十パーセントで、その数字は持てとも置いていけとも言っていない。
結局持って出た。降らなかった。
帰りの電車で、持っていた側の腕だけが重かった。使わなかったのに重い。五分ぶんの判断と、一日ぶんの重さで、雨には一度も当たっていない。
濡れたら濡れたで、たぶん、それだけの話だった。
誰も数えていない
こう書いた。
[Intro]
[Verse 1]
二時の机に 付箋が七枚
どれも まだ 書きかけのまま
持って出るつもりで 鞄に入れて
肩が 片方だけ 下がるな
[Chorus]
置いていっても いいらしいな
置いていっても いいらしいな
誰も 数えて いないから
[Verse 2]
四時の机に 付箋が三枚
剥がしたぶんは 思い出せない
傘は置いてきた 降ったら濡れる
それだけの 話だったな
[Chorus]
[Instrumental Break]
[Bridge]
両手が空いたので 手すりを持った
のぼる速さは 前と変わらないな
[Chorus]
[Outro]
置いていっても いいらしいなの曲で捨てたもの
最初のサビは「持たないほうが 遠くまで」だった。歌としては据わりがよかったけれど、これだと軽いほうが偉いという話になる。荷物を減らせと言いたいわけではないので、伝聞の形に落として「いいらしいな」にした。誰から聞いたのかは決めていない。
Bridge には最初、「あんなに考えたのに」という一行が入っていた。入れると反省文になって、そこで曲が閉じてしまう。削って、手すりを持ったことと、速さが変わらなかったことだけを残した。速さが変わらなかったのを、良いことにも悪いことにも書かないでおく。
「AI」という語は歌詞に一度も入れていない。入れたら三年で古びるし、そもそもこの曲で起きているのは机の上のことだけなので、要らなかった。
付箋は七枚から三枚に減らしたけれど、ゼロにはしなかった。全部なくなる歌にはしたくなかった。
三枚は残っている
いまも机に付箋は貼ってあって、数は日によって増える。減った日に何が減ったのかは、やっぱり覚えていない。
置いていっても、いいらしい。誰も数えていないから。
数えているのは自分だけだと分かったところで、数えるのをやめられるわけでもなく、今日も三枚ある。



